多くの有名人が愛する名店
色々な洋食屋、ロシア料理屋で「ボルシチ」を食べてきたけど、恵比寿の「キッチンボン」ほど、個性的で、旨味たっぷりなボルシチに出会ったことがない。
先代が中国、大連にあった「大和ホテル」の厨房にいた頃、旧帝政ロシア宮廷の料理長から、このボルシチのレシピを教わったそうなのだ。具は牛バラ肉、ジャガイモ。茶褐色のサラサラなソースには生クリーム、そしてレモンスライス。この料理に欠かせないビーツは、ソースに溶け込んでいるそうなのだ。
「ホントに美味しいですね、ところでこの独特な香りって何なんですかね?」
「それはねカルワシの実っていう、うーんハーブの一種だね」
初めて聞く食材だ。ご長男とその奥さんと弟さんで切り盛りする店内は、カウンター7席、4人席のテーブル2卓、人席2卓である。
「開店 12 時 5分って、中途半端ですね」
「5は、“ご”縁があるようにってことなの」
と奥さん。なるほと。創業は昭和 30 年。現在オーナーは話し上手な弟さん、シェフはお兄さんが務める。
「サワークリームは、ちょっと日本人には合わないんでね、生クリームにしてるんだけど、酸味が物足りなければ、そのレモンスライスをスプーンで潰して調整していただいて下さい」
と弟さん。確かにボルシチはサワークリームが定番だ。
その他、ハンバーグ、ハヤシライス、カニクリームコロッケ、チキンカレーなど、どれも申し分のない味わい。
「実はまだ、シャリアピンステーキは、いただいたことがないんですよ」
「そうなんだ、ほら、これがシャリアピンに使っている牛肉、これのバラ肉をボルシチにも使っているのよ、どお」
と、目の前に現れた赤身と脂身が美しく均等にちりばめられた、艶々な牛肉の塊。
「いや、こりゃメチャメチャ旨そうだわ」
「顔を覚えたからね、今度来たときぜひ食べてね」
歌舞伎役者、数多くの芸能人が足しげく通う「キッチンボン」。店の入り口脇では、故美空ひばりさんから贈られた、柱時計が静かに時を刻んでいる。
ご兄弟、奥さんの人柄、料理の美味しさは格別、ぜひ尋ねてもらいたい。それと、食後にいただいたコーヒー、これが実にいい。京都にある名代の喫茶店、「イノダコーヒー」をホウフツとさせるような、奥深い味わいなのだ。![]() |
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日本人の舌に合う優しい味わいの「ボルシチ」(¥ 1470 )は多くの有名人にも愛されている。「カルワシ」入りのパンは 315 円(写真奥)。 | 「シャリアピンステーキ」は、すりおろしたにんにくと共に牛肉を焼いたもの。 8400 円と少々値は張るが、ぜひこの肉の旨味を味わっていただきたい。 |
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先代から受け継いだ味を守り続けるお二人。あたたかい人柄もまたこの店の魅力だ。 | 寿司職人もうらやむという一枚板のカウンターが存在感を示す店内。料理を心から楽しむために、携帯電話は遠慮しよう。 |