流行にとらわれない店主が増えてきた
![]() 小野員裕(おの かずひろ) |
小野: 2007 年を振り返ってみて、新店のレベルはどうだった?
北島:高かったと思いますね。
立石:多くの店主がさまざまな努力をして、実力が底上げされてきているように感じます。
北島:傾向としては、若い店主がやりたいスタイルを素直に前面に出している店が増えましたね。非常に喜ばしいことです。
小野:流行にとらわれていないということ?
北島:そうですね。「流行っているからその味に決めた」というわけではなく、「自分の提供したいラーメンはこうあるべきだ」と、自由にやっている。ラーメンファンの間でも、流行に流されず、店主が出したものを素直に食べようという傾向が出てきているようにも思います。
立石:そういった意味では高田馬場の 麺屋 宗(めんや そう) は面白いですよ。基本のラーメンもきちんとしていて美味しいんですが、創作ラーメンに力を入れている。常に新しいことを考えていますね。
北島:店内のインテリアや食器もめちゃくちゃオシャレですよね。それこそ女の子を誘って、デートで訪れてもいいぐらいの。
立石:ただ店内が暗めなので、写真を撮るのに苦労したんですけど(笑)。
小野:(笑)僕は同じく高田馬場の 味一(あじいち) に頑張ってほしいと思ってる。もともとの本店は小田原なんだけど、東伏見にあった姉妹店が移転してきたんだよね。小田原の 味一 は本当に美味しい。それに比べるとまだまだ発展途上ではあるけれど、店主は若いし、研究熱心だから期待を込めて。
北島:僕は西永福の 臨機(りんき) がオススメですね。比較的澄んだ醤油味で、シャープな味わいです。魚系のピシッとしたスープで、新店とは思えないぐらい旨いと思いました。
立石:先ほども言いましたが、店主の努力によって、こういう言い方はあまり好きではないんですが、“ラーメン業界”全体の底上げがされてきているという素地があると思うんです。だから、今後は突出した部分がないにしても、ちょっとしたことで「ここは違うな」と思わせてくれるラーメンがたくさん出てきてほしいと思いますね。
![]() 北島秀一(きたじましゅういち) |
小野:僕はおふたりほど食べ歩いているわけじゃないから、どうも今がバブル期のような気がしてならないんだよね。いろいろと新しいものを作りたい気持ちも分かるんだけど、普通の素材でどれだけ旨いものを提供できるかという部分を追求してほしいというか。追求した結果、やはり特別な素材に辿り着くのかもしれないけど。今はラーメンルネッサンスというのかな。前衛的なものが多いように感じる。
北島:御茶ノ水の ラーメン大至(だいし) は「普通のラーメンを徹底的に丁寧に作りました」と謳っているんです。本当に普通の東京醤油ラーメンなんですけど、美味しい。チャーシューなんて、なかなか感動させてくれますよ。余計なことをしていないんです。ここも今年の新店ですが、ぜひ食べてみてほしいですね。
小野:それは気になる。今度行ってみよう。
アバンギャルド大いに結構!
北島:やっぱりラーメンの流行って、基本はバブルなんですよ。化学調味料無添加、いわゆる“無化調”というキーワードもちょっと前に流行りました。当時は、たとえスープの味が薄くても、“無化調”ならばそれでよし、という風潮があった。
小野:美味しくはないんだけどね。
北島:流行がひと段落した今、“無化調”で生き残っている店で薄味なんてほとんどありませんよ。“ダブルスープ”もそうです。丁寧に、真摯に、真剣にラーメンを作る店だけが生き残っている。だから、小野さんのおっしゃった前衛的なこと、アバンギャルドなことがバブルのように盛り上がってはじけて、本物の店だけが生き残っていくことの繰り返しだと思うんです。
小野:それはその通り。生き残ったものがアバンギャルドではなく、定番になっていくんだろうね。
北島:その積み重ねがラーメンの発展につながっていくのだから、僕は新しいスタイルが出てくるのは大いに結構なことだと思っています。
![]() 立石憲司(たていしけんじ) |
立石:いろいろな味と出会えるのは、やはり楽しいですしね。
北島:はじけて消えていくお店には申し訳ないですけど、でもそれは、どんな業界にでもある競争原理ですから。できればみんなに生き残ってほしいとは思いますけどね。
小野:とくにラーメンの新陳代謝はすごいよね。和食やフレンチに比べて、職人としての修行や熟練度があまり必要とされないから、発想が自由で豊かな人材が流入してくる。
北島:良くも悪くも考え方の枠がないですよね。きちんとした修行を積んだ料理人から言わせれば、「それはセオリーじゃないだろう?」となる部分があっても、ラーメンは旨いものを出してしまえば“勝ち”なんですよ。
小野:ふたりはラーメンシーンの最先端にいて、トレンドの行く末や淘汰のその先を見据えているんだよね。僕は「旨いラーメンを食いたい」という感覚が強いから、前衛的なラーメンを受け入れづらいのかもしれないな。
北島:僕たちは基本的に大歓迎ですよ。もちろん商売人として仁義に反することをしてはダメだと思いますけど、ラーメンのアイディアとしてはなんでもあり。僕が受け入れられなくても、ほかの誰かが「面白い」と思えばそれでいいんだと思います。
立石:そういう部分もやはりネタにはなるんですよね。
小野:それも分かるような気もする。
北島:小野さんは「旨いものを食わせろ!」と言っている、ラーメン界のうるさ型のオヤジでいいんですよ(笑)。やはりそれはラーメンマニアとしての正しい姿ですから。
小野:そうなのかな。じゃあ僕は、おふたりが走る最先端の後ろから美味しい店を拾っていくんで、よろしくお願いします(笑)。
「対談を終えて」
北島さんや立石さんに限らず、「ラーメンを常食しているやつは体が太いなぁ」といつも思っていた。
僕は 17 歳ぐらいから食べ歩きを始め、年に 3000 食なんて時期もあったけど、さほど体型は変わらなかった。でも『週刊朝日』のグラビアで「魂のラーメン」を連載しはじめラーメンを集中的に食べるようになってから、腹回りに贅肉がつきだし、いまではすっかりメタボになってしまった。ラーメンってそんな食べ物なのかな、と考えさせられてしまった。
立石さんを知ったのはおよそ 10 年前。あるコミック雑誌の見開き対向ページで、カレーとラーメンの連載を同時に始めたのがきっかけ。それからだった。ラーメン屋や道端でバッタリ出くわすことが多くなり、一緒に仕事もする機会にも恵まれた。
北島さんはというと、僕が「横濱カレーミュージアム」の名誉館長を勤めていたころ、当時彼が勤務していた「新横浜ラーメン博物館」に、文藝春秋『タイトル』の取材でお伺いしたときお会いしているようなのだが、あまり記憶がなかった。でも、昨年末、雑誌『一個人』のラーメン対談で再会したとき、「感じのいい人だな……」と思い、なにか機会があったら一緒に仕事がしたいな、と漠然と思っていたのだ。で、今回お2人にご登場願ったワケなのである。
出身地によってラーメンへの思い入れはさまざま。誰にでもソウルフードとしての「この店のラーメン」はあるものだ。本文「ラーメンサミット」をご覧いただければわかるけど、僕の場合は、環七の「下頭橋(または土佐っ子)」、上板橋の「蒙古タンメン中本(旧中本)」であるが、広島出身の北島さん、福岡出身の立石さんも同様で、両者ラーメンダベアルキストを育んできた古の店の話は非常に興味深かった。
ソウルフードの味わいは違えども、長年数多くのラーメン屋を食べ歩いてくれば、普遍的な「絶対に旨いラーメン」というのは3人共通するものだと、この対談を通して実感した次第である。
僕の場合ジャンルを問わず食い倒しているけど、ラーメンだけに特化して食べ歩いている彼らの情報量は、やはり半端じゃない。また、アバンギャルドなラーメンも、ラーメンとして認めてあげる心の広さに感心した。そんな彼らの原理に囚われない感性が、いまのラーメン文化繁栄の一翼を担っているのだと気づかされた。
対談を終えての飲み会も楽しかった。やはり、食べ物好きな連中は話が盛り上がるのだ。
: 店舗DATA :
【麺屋 宗】
東京都新宿区高田馬場1-4-21
03-5876-7640
【味一 高田馬場店】
東京都新宿区高田馬場 4-13-13
03-3366-8189
【味一】
神奈川県小田原市南町 4-6-13
0465-23-1633
【 臨機】
東京都 杉並区永福 3-35-8
03-5355-5884
【ラーメン 大至】
東京都文京区湯島 2-1-2
03-3813-1080